鉄腕投手、“延長12回203球”で負けたのは「多分僕だけ」 最速144キロ出たのはまさかの…
元中日投手が語った、園長12回203球を投げた伝説の試合。当時、松坂大輔氏が甲子園の準々決勝で延長17回250球を投げていて…。
2026/04/24 08:05

元中日ドラゴンズの左腕・野口茂樹氏が22日、YouTube『ピカイチ名古屋チャンネル /PIKAICHI-NAGOYA talking variety CH.』に出演。203球を投げた伝説の試合について語った。
■12回203球で負け投手に
1998年8月30日に明治神宮球場で行われたヤクルトスワローズ戦。当時エースとして君臨していた野口氏は、延長12回を1人で投げ抜き、最終的な投球数は203球に達した。
しかし、3対5で敗れ負け投手になり、「203球投げて負けたの、多分僕だけだと思う」と語る。
その試合が行われる前、横浜高校の松坂大輔氏が甲子園の準々決勝で延長17回を投げ抜き、250球を投げたことが大きな話題に。「お前も投げられるか?」と問われた野口氏は「楽勝ですよ」と答えていたが、「203球投げて負けちゃった」と苦笑した。
■12回で最速144キロ
MCの元中京テレビアナウンサー佐藤啓氏は「200球以上投げたピッチャー自体が日本のプロ野球史上あまりいないですから。98年の野口さん以降、200以上投げたピッチャー出てきてない。最後の200球投手みたいな状態に今なってる」と話す。
野口氏は100球を超えてからのほうが調子が上がるタイプだそうで、「その日のマックスが12回の表、決勝打を打たれた選手への4球目が144キロ。ちょうど200球ぐらいがそのときだった」と明かした。
■最優秀防御率を獲得
98年の野口氏は、この完投負けの悔しさを糧にしたかのように、最終的に14勝を挙げ最優秀防御率のタイトルを獲得。99年にはリーグ優勝の立役者としてMVPに輝いている。
今や100球で交代が議論される時代に、その倍以上の203球という数字はもはや異次元。しかも、普通は疲労で球速が落ちるはずだが、12回の200球付近でその日最速を記録したという話には鳥肌が立った。現代のクオリティスタートの概念を吹き飛ばすような、当時のエースの凄まじい責任感を感じた。




