星野仙一さん、中日→横浜移籍の元教え子に伝えた言葉 「お前と谷繁を比べたら絶対…」

谷繁元信氏がFAで中日に移籍することを受け、横浜へ移籍することになった中村武志氏。恩師の星野仙一さんに相談したら…。

星野仙一

中日ドラゴンズなどで捕手として活躍した中村武志氏が4日、YouTube『【東海テレビ公式】ドラHOTpress』に出演。中日時代の監督でもある星野仙一さん(享年70)のエピソードを披露した。

【今回の動画】ベイスターズ移籍時のエピソード


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■中日2度の優勝に貢献

中村氏は1984年のドラフト1位で中日に入団。思うように結果が出ず86年には解雇寸前だったが、新監督に就任した星野さんが待ったをかけ、秋季キャンプへの参加が決定。星野さん指導のもと、シーズン中も休みなく徹底的に練習を課された。

88年優勝時は星野さんから「こいつのおかげで優勝できた」と労ってもらったと回想。99年には2度目の優勝を掴み取った。

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■星野さんに相談「お前と谷繁を比べたら…」

そんななか2001年オフ、当時横浜ベイスターズの正捕手だった谷繁元信氏がFAで中日に移籍することに伴い、中村氏は横浜へ移籍することに。

当時ユニホームを脱いでいた星野さんの自宅を訪ねて相談したところ、「俺が監督でもそうする。そら谷繁を取るわ。でも、プロ野球はそういうもんだから、呼ばれて行くのはありがたいことだぞ。お前と谷繁を比べたら、絶対谷繁を取るわ」。恩師から背中を押されて納得したこともあり、横浜への移籍を決断したという。

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■もう1度ユニホーム着るなら?

今でも野球の指導をする際、青いキャッチャーミットを使用しており「僕の血は青色(ドラゴンズブルー)」と中村氏は語る。

ここまで育ててくれたチームとして中日への感謝の言葉を述べ、「もう無理でしょうけど、最後にもう1回ユニホームを着られるならやっぱりドラゴンズ」と強いドラゴンズ愛を明かして締めくくった。

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