板東英二さん、甲子園で“未だ破られていない記録” バラエティの活躍以外の「偉業」に注目集まる

バラエティ番組でのイメージが強かった板東英二さんだが、高校時代には、甲子園で今なお破られない大記録を打ち立てていた。

板東英二
Photo:Sirabee編集部

元プロ野球選手でタレントの板東英二さんが、22日に慢性心不全のため死去したことが28日、明らかになった。86歳だった。

タレントのイメージが強い坂東さんだったが、じつは高校生時代には、甲子園で未だに破られていない“大記録”を打ち立てていたことが、Xで改めて話題となっている。


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■タレントや俳優として活躍

板東さんは1958年に中日ドラゴンズに入団。2年目から2ケタ勝利を挙げるなど活躍したが、1969年に現役を引退。

その後は野球解説者を経て、活動拠点を関西に移し、タレントとしてバラエティ番組で人気を博した。さらに、俳優としても数多くのドラマや映画に出演するなど多才ぶりを発揮していた。

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■現在まで破られていない記録

タレントとしてのイメージが強い板東さんだが、徳島県立徳島商業高校時代にはエースとして活躍。

とくに、1958年の「第40回全国高校野球選手権大会」に出場した際には、2回戦の秋田商業戦で17奪三振で完封、3回戦は八女高校との対戦で15奪三振を記録。準々決勝の魚津高校選では延長18回で25奪三振を記録した。翌日の再試合は、肩や腰を痛めていたものの、痛み止めを打って登板。9奪三振で完投した。

準決勝の作新学院戦でも14三振を奪うも、決勝の柳井高校戦では疲労もあって7−0で敗戦。準優勝に終わったものの、板東さんがこの大会で記録した1試合25奪三振、通算83奪三振は、現在まで破られていない大記録となっている。

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■「野球史に刻まれた偉業」「この人を超える球児は…」

板東さんの訃報に際し、Xでは改めてこの記録を思い起こした人も多かった様子。「83奪三振も25奪三振も今なお破られていないのは驚異的」「まだやぶられてないの凄い」「野球史に刻まれた偉業だったことを、今回初めて知りました」「『僕これ(最多奪三振記録)抜かれたら他はもう記録無いんや』という率直過ぎるコメントを鮮明に覚えている」といった反応が。

さらに、「記録を破る高校球児は現れるんかな」「この人を超える球児は現れるのか…」との声も。

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■井上監督も追悼

現在では、高校野球は延長時に無死1、2塁から始まるタイブレーク制度が導入されていることもあり、「いまでは延長はタイブレーク、奪三振記録は誰も破れないでしょう「もはや破られることがあるとは思えない」「もうアンタッチャブルレコードだなぁ」との意見もみられた。

報道によると、中日の井上一樹監督は「突然の訃報にただただ言葉を失っています。長年にわたり中日ドラゴンズやプロ野球界の発展、そして魅力の発信に独自のパフォーマンスで力を尽くされ、球団やチームに対しても温かいご指導をいただきました。これまでの歩みに深く敬意と感謝を申し上げるとともに心よりご冥福をお祈りします」とコメントしている。

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■執筆者プロフィール

しばたけろこ:フリーライター。関西のスポーツ紙や芸能情報サイトでの記事執筆を経て2021年よりSirabeeに参加。

現在はSNSを中心としたエンタメ記事のほか、ライフハック、時事ニュースなど月90本程度を執筆中。

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(文/Sirabee 編集部・しばたけろこ

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