萩本欽一、40代前半で「もうテレビに出たくない」 関根勤が明かした理由「多分…」
大御所タレント・萩本欽一のエピソードを披露した関根勤。多忙だった頃は、番組の「全部責任を負わなきゃいけない」状態で…。
■「42で嫌になるって…」
関根によれば、「萩本欽一さんは42歳のときに『もうテレビに出たくない』って言い出した」とのこと。
自身が42歳を迎えた際はまだまだ燃え尽きていなかったため、「欽ちゃんってどんだけ突っ走ったのかって。42で嫌になるって…。お笑いでは42って全盛期ですからね」と話す。
■全責任を負っていた萩本
何がそこまで萩本を追い詰めたのか。関根は、その背景に過酷すぎる制作環境があったと語る。
「番組に出演してるだけだったらいいんですよ。バラエティーの司会とか。でも(萩本は)制作して台本も考えて、全員指導しなきゃいけない。番組名も『欽ちゃんの』って冠がついて。それで視聴率が悪くなったとかどうとかで、全部責任を負わなきゃいけない。全部で視聴率100%超えてたから、そのプレッシャーで。ほとんど寝ないでやってたから」と説明した。
■「多分、更年期障害だったと思う」
極限状態にあった当時の萩本の状態について、「まあ今で言うと多分、早い男性の更年期障害だったと思う」と関根。
かつて、漫画家・はらたいらさんも50歳を過ぎた途端に「新聞を一切読みたくない。仕事もしたくない」と言ったそうで、「3年間くらい経って、更年期障害だって分かって。そこでやっと復帰できたんです。治療もできたんだと思うんですよ、更年期障害用の」とエピソードを披露した。





