高木豊氏、アマ時代大活躍もプロで短命に終わった選手を告白 「高校時代は原辰徳監督より良かった…」
高木豊氏と片岡篤史氏が「アマ時代は凄かったけど、プロでは短命だった」選手を語り合った。
■日本ハムに入団した津末氏と中島氏
高木氏が挙げた津末氏は高校時代、原氏とともにクリーンナップを形成。1980年オフにドラフト外で日本ハムに入団し、86年には19本のホームランを放っている。
1989年からは原氏との縁もあり、巨人に移籍し、2年プレーして引退。その後は巨人のスカウトや広報の仕事をこなした。
中島氏は野茂英雄氏や野村謙二郎氏、古田敦也氏が参加したソウル・オリンピックで4番を務め、1988年のドラフト1位で日本ハムに入団。
新人として出場した開幕戦でサヨナラホームラン、92年には打率2割9分を記録するなど、一定の成績は残したが、球界を代表するような打者として期待されていただけに、高木氏は物足りなさを感じたのかもしれない。
■対応できた選手も
社会人野球は2001年まで金属バットを使用しており、菊池氏や丹波氏など、プロ入り後木製バットに対応できず引退する選手が一定数いた。
そのため、社会人でホームランを量産し、「プロでも主力を打てる」と評された打者が「金属打ち」と判断され、指名に至らないケースもあった。
一方で落合博満氏や古田敦也氏、福留孝介氏、小笠原道大氏など、木製バットに対応して名選手になった人物がいることも事実だ。




