首位打者争いのなか5打席連続敬遠、田尾安志氏が空振りした“本当の理由” 「何で…」
打率リーグトップの長崎啓二氏に田尾安志氏は1厘差に迫り、首位打者争いをしていた。そんななか、まさかの5打席連続敬遠され…。
2026/06/03 18:00
■5打席連続敬遠で首位打者逃す
“事件”が起きたのは、1982年10月18日の大洋ホエールズ戦。中日が勝てば優勝、負ければ読売ジャイアンツが優勝という試合だった。
さらに、打率リーグトップの大洋の長崎啓二氏に田尾氏は1厘差に迫り、首位打者争いをしていた。
これに対し大洋は、勝利よりも長崎氏のタイトルを優先し、田尾氏にまさかの5打席連続敬遠。結果、長崎氏が打率.351で首位打者を獲得した。
■タイトル獲得よりも大事なのは…
じつは田尾氏はタイトルへの関心は薄く、「僕、本当のこと言って…。谷沢(健一)さんだとか落合(博満)だとか、あのレベルの選手と僕は思ってないんです。だからタイトル取りたいっていう意識がないんですよ」と語る。
それよりも、「一生に1回しか球場に来ない人もいるかもしれない。その人たちが来たときに、僕が出ないのはダメだなとか。そっちのほうを大事にしてた」という。
■「謝罪を込めて空振りの三振をしようとした」
そんななかでの5打席連続敬遠。勝負を避けられた田尾氏は、5打席目で敬遠のボール球を振り、抗議の意を示した。
「あの抗議の空振りは、何で打たせてくれないんだっていうよりは、ファンの人たちに『こんなゲームをお見せしてすいません』っていう謝罪を込めて空振りの三振をしようとした」と説明。
「優勝がかかったゲーム、 首位打者争いがかかったゲーム。見所のあるゲームを、まともな勝負をせずに終わってしまったっていうね。これがプロでいいのかって僕は思った」と振り返った。
大洋側の露骨なタイトル執着とは対照的に、勝負の美学とプロ野球選手としてのプライドを最後まで貫いた田尾氏の姿勢は、令和の今の時代になっても色褪せることはないだろう。





