120年前の正露丸の漢字表記、7割の人が「知らなかった」 社会情勢の影響で「征」の字を使用
120年前の正露丸は「征露丸」表記であったと判明。大幸薬品は「ロシアとの緊張関係が高まりつつあった」と、当時の世界情勢を説明する。
パナソニックがかつて「松下電器」と呼ばれていたように、老舗企業やブランド、商品の名前が時代ごとにアップデートされるケースは珍しくない。
さて読者諸君は、大幸薬品の「正露丸」がかつて、今と異なる漢字を使用していたのをご存知だろうか。
画像をもっと見る
■当時は「正」ではない漢字を使用
Sirabee編集部では以前、全国の10~60代の男女617名を対象としたアンケート調査を実施。

その結果、「正露丸」が以前は「征露丸」という表記だった事実を知っているのは、全体の28.7%と判明した。

そう、じつは昔は「正」ではなく「征」の字が使用されていたのだ。これには、命名当時の社会情勢が大きく関係している。
その背景について、大幸薬品の担当者は「日露戦争直前の1902(明治35)年、大阪の薬商『中島佐一薬房』は木クレオソートを主成分とする丸剤に『忠勇征露丸』と名づけ、大阪府より販売許可を取得しました。1902年は、日英同盟を締結した年であり、ロシアとの緊張関係が高まりつつある状況でした」と、説明する。

そして1904(明治37)年に、日露戦争が開戦。陸軍省医務局の公式記録『明治三十七八年戦役陸軍衛生史』によると戦時中、大日本帝国陸軍では、胃腸薬として使用していた木クレオソートの丸剤に「征露丸」と名づけ、軍人全員に服用を命じていたという。
■「征露丸」から「正露丸」へ
日露戦争も終結し、時は流れて第二次世界大戦後の1946(昭和21)年、大幸薬品は、中島佐一薬房から「忠勇征露丸」の製造・販売権を継承。

その後の経緯について、大幸薬品の担当者は「1949(昭和24)年に、国際関係上『ロシアを征する』という意味の名称は良くない、ということで名称を『忠勇征露丸』から『中島正露丸』に変更しました。そして1954(昭和29)年に『中島正露丸』から『正露丸』に名称変更を行い、その後大幸薬品では1959(昭和34)年に『正露丸』の商標登録を行い、現在に至っています」と、説明している。
数度の名称変更を経ているものの、「正露丸」は日露戦争前から、じつに120年以上に渡って愛用され、国民の胃腸を見守ってきたのだ。
■女性より男性の認知度が高い

なお、前出アンケートの回答結果を性年代別に見ると、かつての表記「征露丸」を知っていた回答者は、全年代を通じて女性より男性の割合が大きいと判明している。最も認知度が高いのは、40代男性(42.6%)だった。

こちらの結果を受け、大幸薬品の担当者も「性別や年代で、これほど差が出るのは面白いです。40代男性の認知度が突出している理由が気になりますね。ブランドのルーツや歴史的背景に、興味を持ってくださる方が多いのでしょうか?」ともコメントしている。
長年の定番商品の「かつての名前」を調べてみると、思わぬ発見があるかもしれない?
■執筆者プロフィール
秋山はじめ:1989年生まれ。『Sirabee』編集部取材担当サブデスク。
新卒入社した三菱電機グループのIT企業で営業職を経験の後、ブラックすぎる編集プロダクションに入社。生と死の狭間で唯一無二のライティングスキルを会得し、退職後は未払い残業代に利息を乗せて回収に成功。以降はSirabee編集部にて、その企画力・機動力を活かして邁進中。
X(旧・ツイッター)を中心にSNSでバズった投稿に関する深掘り取材記事を、年間400件以上担当。道路・鉄道ネタに関する取材で、国土交通省や都道府県警、全国の道路事務所、鉄道会社に太いパイプを持つ。
・合わせて読みたい→正露丸を歯に詰めた時の効果、若年層の8割が「知らなかった」 親世代は7割が「知っていた」回答
(取材・文/Sirabee 編集部・秋山 はじめ)
対象:全国10代~60代男女617名(有効回答数)
グラフの割合は数点以下第2位を切り捨てているため、合計しても必ずしも100とはならない。




