古田敦也氏、2000安打達成球キャッチした少年… “その後”に「悪いことしたな」
2,000安打達成時、記念球をスタンドに投げた古田敦也氏。手にしたのは中学生の少年で…。
■神宮での達成かなわずも…
ヤクルト一筋18年で通算2,097安打を放ち、名球会入りを果たした古田氏。ホームである神宮球場での3連戦では決めきれず、地方球場の坊っちゃんスタジアム(松山市)での広島東洋カープ戦で達成した。
「今から思えば、地方球場でやれたというのは、滅多に見ることできないファンの皆さんにも見ていただけた。非常にいい記念になりました」と振り返る。
■盟友・野村謙二郎氏からのサプライズ
記憶に残る場面として、古田氏が真っ先に挙げたのが、花束を渡すために現れた人物。大学時代からの盟友の元広島・野村謙二郎氏だった。
「1番驚いたのはね、野村謙二郎が花束を持ってきたんですよ。お前が? みたいな。謙二郎が先に出てきて驚いた」と自チームよりも先に祝福に駆けつけたことに笑う。
さらに、古田氏は「いい思い出にしてくれればいい」と2,000安打を達成したら記念球をスタンドに投げることを決めていて、マスコットキャラクターのつば九郎には、「来るときにマジックペンだけは忘れんといてくれ」と事前に依頼。その場で日付やサインなどを書いてライトスタンドへ投げ込んだ。
■記念ボールの行方
古田氏がファンにプレゼントした記念ボールをめぐっては、さらに感動的な後日談が。
ボールを手に入れたのは、親と観戦に来ていた中学生の少年。試合後、「やっぱりもらうわけにはいきません」と古田氏にボールを返そうとした。古田氏は「君が持っててくれ」と説得して渡したが、その後、少年は「松山で、ときの人になっちゃって」。
少年はそのプレッシャーに耐えきれなくなり、ボールを地元の市役所に預けたとのこと。古田氏は「結局、今は坊っちゃんスタジアム飾られてるんじゃないですかね。ときの人になりすぎたみたい。悪いことしたなと思うけど。いい思い出です」と述べた。





