実は品川区にある目黒駅、品川区は「目黒住民の反対に遭った」と説明するも… 目黒区は「根拠が無い」

8割もの人が「目黒駅は目黒区内にある」と、誤解していると判明。品川区にある理由を、同区は「目黒住民の反対に遭った」とするが、目黒区は「反対運動の根拠は見つからない」と、説明する。

2025/10/27 04:45

「東京23区を全て挙げよ」と言われたら、やはり新宿区や渋谷区など、メジャーな区が真っ先に思いつくだろう。こうした区には新宿駅、渋谷駅など、区と同名の主要駅が存在するのも大きい。

しかし、中には「区と同名」であることから、思わぬ誤解が生まれるケースも存在するのだ。


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■目黒駅は目黒区にない

目黒駅
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部

結論から言うと、目黒駅があるのは目黒区ではない。

「いったい何を言ってるんだ…」と首を傾げた読者もいるかと思うが、これは純然たる事実である。目黒駅が建っているのは「品川区」なのだ。ちなみに品川駅も、品川区でなく港区に存在する

以前、全国10~60代の男女672名を対象としたアンケートにて「目黒駅の住所」に関する意識調査を行ったところ、全体の79.6%が「目黒駅は目黒区にあると思う」と回答したことが明らかになった。

目黒駅グラフ

なお、新宿駅と渋谷駅で同様のアンケートを実施すると、新宿駅に関しては8割超、渋谷駅に至っては9割近くが「駅と同名の区内にあると思う」と回答していた。

新宿駅グラフ

目黒駅の設問が「ひっかけ」であることを知っていた(気づけた)ユーザーはかなり少数であることが、改めて分かる。

渋谷駅グラフ

果たしてなぜ、目黒駅は目黒区内に建設されなかったのだろうか。今回はその歴史的背景をめぐり、品川区に詳しい話を聞いてみることに。

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■品川区「住民の極端な反対に遭った」

目黒駅前
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部

目黒駅が品川区内にある背景について、品川区の広報担当者は1932年(昭和7年)まで存在した大崎町の役場が発行していた『市郡合併大崎町誌』と『大崎町総覧』の記載内容を交えて説明する。

曰く、「1885年(明治18年)の日本鉄道(現在の山手線の線路を使った鉄道)は、当初目黒川沿いを進み下目黒に線路を通す計画でいたところ、桐ヶ谷、下目黒の住民の極端な反対に遭い実行できなかったため、五反田・恵比寿間の切通し工事を行った」「大崎町としては、結果的に大崎・五反田・目黒(上大崎)の3駅を町内に有し、目黒川沿いに工場の進出を招いて発展に繋がった」とのこと。

これらの内容を踏まえ、担当者は「駅名が上大崎ではなく目黒になった経緯は分かりませんが、大崎駅が既にあるから別の名前にしたのかもしれませんし、目黒川沿い(今の目黒区内)に計画していた時点で目黒と仮称していたかもしれません。駅ができた上大崎は大崎町内であり、大崎町は昭和7年に品川町・大井町とともに品川区になりました」と、補足している。

目黒駅付近
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部

品川区には「桐ヶ谷、下目黒の住民の極端な反対に遭い実行できなかった」という資料が残っている。しかし歴史というのは、様々な視点から眺めてみないと真相が分からないもの。

そこで、前出の質問を目黒区に投げかけたところ、なんとも意外な回答が得られたのだ。

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■目黒区「反対運動の根拠、見つからない」