有吉弘行「記憶がすっぽり抜け落ちてて…」 人生で“最も辛かった時期”に住んでいた町を振り返る
有吉弘行、“暗黒時代”に住んでいた街の記憶が「記憶がすっぽり無い」と告白。今は家族で通い「記憶を上書きしている」最中だと語った…。
■住んでいた街の記憶が…
放送で有吉は「私きのうね、豪徳寺ってわかりますか、小田急線の豪徳寺に行きまして。私、豪徳寺に住んでいるときが1番仕事が辛い時期で、マンションからコーポに引っ越しまして、ミスター珍さんに『有吉、お前コーポに住んでんのかよ』っていうツッコミを受けて、すごいショックを受けたことがあるんですよ」と、豪徳寺に住んでいた頃を振り返る。
「それぐらい仕事が無かった頃に豪徳寺に住んでまして、はっきり言って豪徳寺の記憶がすっぽり無いんですよ、人生のなかで」と、街の思い出がほとんど無いと語った。
■飲みに行ったことも無い
かつて住んでいた家を訪れようとした有吉は「2年ぐらい前に豪徳寺に行ってみようと思って、駅に降り立って当時(住んでた)の家に行ってみようと思ったんですけど、道が分かんなかった」と、駅から家までの道のりすら思い出せなかったという。
「ただまあ、ご飯は美味しかったっていうイメージだけあって。金もないんで豪徳寺で飲んだことも無いんですよ。だから本当に飯だけ何回か食って、そこは覚えてる」と、唯一覚えている豪徳寺の思い出を話した。
■同じ街に住んだ芸人は…
続けて有吉は「ハリセンボンのはるかは普通に街に住んでたんだけど、そこで仕事が忙しすぎて辛くて、ちょっと豪徳寺ぐらいの各駅停車しか止まらないところに行ってみようって」と、お笑いコンビ・ハリセンボンの箕輪はるかも豪徳寺周辺に住んでいたと話す。
「で、行ったら人も良くて、街もちょうどいいぐらいのバランスで、すごい心が整ったっていう話なんですけど、私は豪徳寺の記憶がすっぽり抜け落ちてて…」と、自分とは反対に、はるかは街に順応していたことを告白。
苦い思い出を塗り替えるため、「そんな豪徳寺に子供と妻と3人で行きまして、記憶のピースを埋めようと活動してます。いいように記憶が上書きされていきますから、最近はちょっといい街だなっていう風に思ってきてます」と、新たな豪徳寺の思い出作りに励んでいることを明かした。
仕事の辛さが、かつて住んでいた街の記憶を丸ごと奪ってしまったという有吉。家族との訪問によって、豪徳寺の「空白の記憶」は少しずつ良い思い出に上書きされていくのかもしれない。
■執筆者プロフィール
びやじま。フリーライター/エディター。月100時間、30番組を聴く深夜ラジオのヘビーリスナーで、2016年からSirabeeに参画。現在はラジオを中心にした芸能エンタメを中心に月40本程度を執筆中。
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(文/Sirabee 編集部・びやじま)





