実は港区にある品川駅、品川区に建てなかった理由を聞くと… 港区と品川区で意見がバチバチに交錯

実は品川区でなく、港区にある品川駅。その理由を、港区は「品川住民の反対に遭った」と説明するが、品川区は「歴史的裏付けはない」と主張。

2025/10/21 05:30

■品川区「現在の認識では異なる」と異論

今回の取材に際し、品川区の広報担当者は「駅(停車場)の建設に品川宿の人間が反対して建設予定地が移動した、というのはよく言われています」と認めつつ、「歴史史料による裏付けは取れていません」とも説明する。

そして、「確かに品川宿の中心に近いほうに建てられるのは町として大きな打撃になるので、その方針だったら反対したかもしれませんが、開業に先駆けた線路敷設の際に品川宿の北端の町は召し上げになって壊されており、少なからず代償を負っています」「また、品川停車場の開業後は、多くの宿場の人力車などが客待ちをしていたことから、少なからず品川宿の営業利益は増加したのではないでしょうか。それなりに繁盛したと思われるので、代償を負いつつ恩恵も受けていたであろうし、むしろ利益は増大したかもしれない、というのが現在の認識です」と、分析していた。

また、1890年(明治23年)のガイドブックの品川宿の説明には「東海道の初駅なり。北端に品川停車場あり」という表記が見られ、品川宿の名所旧跡が紹介されているという。

この事実を踏まえ、担当者は「地元の人間としても『観光方面でも品川宿と一体となった施設』というのが共通の認識だったと考えられます」とも分析している。

確かに移動手段が「徒歩」から「電車」に変わったとしても、品川宿付近が旅人たちの「玄関口」である点には変わりない。そう考えると、品川区の分析は的を射ているように感じられる。

江戸ッ子部隊 晴れの出陣(品川駅) 昭和11年(世界画報 昭和11年6月号)
画像提供:港区立郷土歴史館

担当者はさらに、「品川駅(当時は品川停車場)は明治時代初頭に、東海道品川宿(現在の品川区域)と高輪南町(現在の港区域)の境界付近を埋め立てて建設されました。現在の埋立地の境界画定がすぐに決まらないのと同様に、その辺りはあえてハッキリさせなかったのではないでしょうか。この辺りは境界が後に引き直され、現在の区境になっています」と分析。

品川駅の俯瞰 昭和5年(日本地理風俗大系)
画像提供:港区立郷土歴史館

そして「当時、品川宿の知名度は全国区であり、外国人にも知られていることから、高輪よりも遥かに高い知名度がありました。そのため、駅名を定める際に、知名度が高い品川を使うのは自然ではないでしょうか」とも推測していた。

品川駅 昭和34年
画像提供:港区立郷土歴史館

「品川駅なのに品川区外にあるのはなぜ?」という疑問から出発した今回の取材だが、「港区内の駅なのに名前が品川駅なのはなぜ?」という疑問に置き換えると、本質が見えてくるかもしれない。


関連記事:上野駅に出現した謎の幕、哲学的すぎる文面にギョッとした 「上野に自由は無いのか」と話題に…

■昔の品川駅、自虐するほどショボかった…

さて、読者諸君は「80年代の品川駅」は、どれくらいの大きさかご存知だろうか。

80年代と言えばバブル経済真っ只中、多くの企業戦士たちが利用する品川駅はさぞ立派な駅だろう…と想像力を刺激されるが、1981年(昭和56年)の品川駅を見ると、現在の姿とは比べものにならないほど慎ましい大きさで、驚いてしまった。

品川駅東口 昭和56年
画像提供:港区立郷土歴史館

港区立郷土歴史館の担当者は、品川駅周辺の発展について「本格的に発展したのは、2000年代以降です。品川駅の東側・港南地域はふ頭や倉庫が多く、物流拠点ではあったけれどオフィス街や住宅地ではありませんでした。また、西側の高輪地域はプリンスホテルなどがあるものの、広い土地は鉄道用地かホテルで占められており、開発の進まない地域でした。第一京浜を渡るとすぐに高輪の台地に面しており、平坦地が少ないことも影響していたと思われます」と、説明している。

第一京浜
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部

当時の港区も駅周辺が発達していないことを認識していたようで、なんと1960年(昭和35年)発行の『港区史』には、「都内の他の門戸となる駅に比していささか遜色(劣っている様子)の感を深くする」という自虐的な表記まで登場する始末。

都内駅カーストでも上位ランクに位置する品川駅にも、そんな時代があったのか…。

港区立郷土歴史館の担当者は「近年まで品川駅は東京駅や渋谷、新宿方面への中継点といった印象がありました。鉄道発祥の地・新橋や、物流の拠点として長く機能した汐留駅には及ばなかったので、どれほどの影響があったかは分かりません。むしろ、現在の再開発後やリニア開業後に、どのような影響をもたらすか、という点が重要と考えます」ともコメントしている。

東西自由通路『レインボーロード』平成10年12月開通
画像提供:港区立郷土歴史館

参考に、品川駅構内の東西連絡通路「レインボーロード」が開通したのは1998年12月のことだ。

品川駅前
Photo:秋山はじめ/Sirabee編集部

開業から150年以上という、長い歴史を持つ品川駅。その全盛期は今、そして「これから」なのかもしれない。


関連記事:駅内を走り回る危険なスケボー、駅員の対策に目を疑う… 張り紙の「煽りスキル」が話題

■執筆者プロフィール

秋山はじめ:1989年生まれ。『Sirabee』編集部取材担当サブデスク。

新卒入社した三菱電機グループのIT企業で営業職を経験の後、ブラックすぎる編集プロダクションに入社。生と死の狭間で唯一無二のライティングスキルを会得し、退職後は未払い残業代に利息を乗せて回収に成功。以降はSirabee編集部にて、その企画力・機動力を活かして邁進中。

X(旧・ツイッター)を中心にSNSでバズった投稿に関する深掘り取材記事を、年間400件以上担当。道路・鉄道ネタに関する取材で、国土交通省や都道府県警、全国の道路事務所、鉄道会社に太いパイプを持つ。

・合わせて読みたい→東京駅でなぜか「天王寺」からの切符を発見 「意味が分からない…」とネット民どよめき

(取材・文/Sirabee 編集部・秋山 はじめ

【調査概要】
方法:インターネットリサーチ
調査期間:2025年9月8日~2025年9月11日
対象:全国10代~60代の男女672名 (有効回答数)

【Amazonセール情報】ココからチェック!