岡村隆史が「おもんなかった」と公言する先輩芸人コンビ 矢部も「心の中で“やった”と思ってた」

岡村隆史、2丁目劇場時代に“下に見ていた”先輩コンビを告白。相方・矢部もフォローせず、「ちょっとわかる」と同調していた。

2025/10/16 05:15

ナインティナイン・岡村隆史
Photo:sirabee編集部

9日深夜放送のラジオ『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)に、お笑いコンビ・ナインティナインの岡村隆史と矢部浩之がメインパーソナリティとして出演。これまでに面白いと思った事が一度もない芸人コンビについて告白した。


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■2丁目劇場時代から…

岡村は、若手時代に出演していた心斎橋筋2丁目劇場時代を振り返り「天然素材はずっと一緒にいましたから仲は良かったんですけど、なだぎさんだけが先輩で僕らにもすごく優しく声かけてくれはって。めちゃくちゃ優しくてめちゃくちゃ喋りやすかった」と、ピン芸人のなだぎ武に言及。

「それ以外の方々はあんまり、先輩も声かけてくださる人が少ない中で、なだぎさんだけが喋ってきてくれてたんですよ。2丁目劇場で出番も一緒になることがすごく多かったんですけど、ただ、スミス夫人がおもんなかったんですよ」と、かつてなだぎが組んでいたコンビ『スミス夫人』について語った。

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■吉本スタッフにハマらず

スミス夫人は松村博司となだぎ武によるお笑いコンビで、2001年にコンビを解散。松村は解散と同時に芸能界を引退している。

岡村は当時「爆笑GONGSHOWみたいな番組に2丁目(劇場)のメンバーもどんどん出て行って、『ええなあ』言うて、『そろそろ俺らも来るやろな』思ってたら、一向にけえへんかって。もう、スミス夫人と俺らくらいなんですよ、出てないの」と、若手の中でもなかなかテレビのオファーがかからなかったと述懐。

「なんか俺らハマってないなあって。その当時のね、番組担当みたいな吉本の方がいたんですけど、その人に我々ハマってなかったっていうのか…」と呟くと、矢部も「もうやっぱり、嫌われてたな」と頷いていた。

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■先にテレビに出たのは?

続けて岡村は「ほんで、スミス夫人も全然出えへんし、と思ったらスミス夫人が出たんですよ、先に。そん時に『なんであんなスミス夫人が出んの?  絶対俺らやろ』って…」と、先にテレビ出演を果たしたのはスミス夫人のほうだったと語る。

さらに「なだぎさんはめちゃくちゃええ人、もうほんまに、あの2丁目のギラギラした中で、すごい優しかったんは覚えてる。天然素材っていうのも毛嫌いする人いっぱいいた。そんな中でスミス夫人はコントもやってるから、天然素材に入ってもおかしくなかった。でも入ってなかった。おもんなかったです…」と主張する。

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■矢部も感じていた

いっぽうの矢部は「俺もフォローせなあかんねんけど、ちょっとわかんねんな」と言い、「なんかで当たって、相手がスミス夫人になって、俺心の中で『やった』って思った記憶がある」と、劇場で対決した際の思い出を振り返る。

岡村が「当時ほんまな、雨上がり(決死隊)とかバッファロー吾郎とか当たっていくねん。FUJIWARA、バッファロー吾郎はもう勝たれへんな、雨上がりは無理やなってのはあったけど」と、当時劇場で不動の人気だったコンビ名を挙げると、矢部は「でもスミス夫人と当たった時、俺『よし!』って思った記憶あんのよね…」と告白していた。

なお、10月23日のスペシャルウィークの放送では話題の中心人物であるなだぎ武に加え、スミス夫人を良く知るFUJIWARAの原西孝幸とケンドーコバヤシがゲストとして登場。芸人たちの間では、今でも“伝説”として語られるスミス夫人の秘密に迫るという。

2丁目劇場時代から数十年を経て、突然後輩からラジオで「全然おもんない」と当て逃げのように言われるなだぎ武。23日の放送では、思い切り心境をぶちまけてほしい。

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(文/Sirabee 編集部・びやじま

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