活動再開にあたって、松本人志がこぼした“切実な本音” 芸能記者が明かす「3回目の…やらなあかん」

「ダウンタウンチャンネル(仮称)」のサービス開始日が発表されたことを受け、芸能記者・中西正男氏が、松本人志が語っていた“本音”について改めて話している。

■3回目の“売れ”を「やらなあかん」

ダウンタウンは1982年に結成し、1987年に関西ローカル番組『4時ですよ~だ』(MBSテレビ)でアイドル的な人気を博した後、1988年に『夢で逢えたら』(フジテレビ系)で東京に進出。多数の冠番組を得て全国的な人気を博した。

中西氏によると、松本は「そもそも大阪の芸人っていうのは、2回売れなあかん、とよく言われています。まずは大阪で売れて認められる。そしたら東京行きの切符がゲットできるから、次は東京に行って、もう1回東京で売れへんかったらあかん」と語っていたという。

続けて「それを一番強烈にやってきたのがダウンタウンやったんやと思うんですけど、松本さんの言葉を借りると、3回目の“売れ”を来年はやらなあかんということを言ってました」とも。

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■「どれだけ大変なことか」

改めて「1回目、大阪でめちゃくちゃ売れた。だから東京からも声がかかって東京に行った。東京というなかでも売れた。そしてダウンタウンが盤石になった。ただ、一連の文春報道などもあって、松本人志という人は仕事をしていない状況が今続いているということですね。だからそこを何とか打破するために、3回目の“売れ”をせなあかんと言うてました」と振り返る。

「売れるってどれだけ大変なことか。松本人志さんはそれを体感してきはった人でしょうけど。その人が売れるために作るもの、それがダウンタウンチャンネル。そうなったら、生半可なものをやっても売れへん」と述べ、“売れる”ために妥協せず、新サービスを設立するに至ったことを解説。

「結局、松本人志礼賛やないか、吉本から言うてほしいようなことを言ってるんか、みたいなことを思う人もいるんやと思うんですけど、僕はニュートラルに取材をして、聞いてることを今ここで言ってるつもり」とも話していた。

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■松本人志が語った“切実な本音”