有吉弘行、上京した当時“野宿生活していた場所” 「そういうのもあって『電波少年』に…」
有吉弘行が売れる前に“野宿生活”していた都内のロケーションを告白。『電波少年』に合格したのはこの経験のおかげだった?

9日深夜放送のラジオ『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN系)に、タレントの有吉弘行がメインパーソナリティとして出演。まだ上京したての頃、都内のある場所で野宿生活をしていたことを明かした。
■思い出の地・下北沢
放送では「好きな街」をテーマにリスナーからメールを募集。
自らの思い出の地として下北沢を挙げた有吉は「東京来て初めてが下北沢でしたから、飯食って、恋して、ケンカして、『笑い』してたな…」と、当時を懐かしく振り返る。
「下北沢、世田谷代田、新代田、代田橋、あの辺“代田”が付くところは大体俺の息がかかってる。俺若林に住んでたからもう世田谷代田だし、新代田も住んでたし、代田橋も住んでたからね。まぁ東京でオンエアしてないんですけど、地方の人しか聞いてないんですけど」と、下北沢周辺への愛を爆発させていた。
■あの場所に「住んで」いた?
そんな有吉が上京したての頃、まだ下北沢周辺に住む前に、一時的に“生活していた”という都内のロケーションについて語る。
「水道橋…私にとってみればやっぱり後楽園ホール、東京ドームですね。元々東京出てきた時は家を見つける前に東京ドームで野宿してましたから」と、驚きのエピソードを告白した。
■番組出演のきっかけに
上京してしばらくは東京ドームの施設付近で野宿をして風雨をしのいでいたという有吉。「そういうのもあって『電波少年』に合格した」と説明すると、アシスタントを務めるお笑いコンビ・タイムマシーン3号の山本浩司は「ええっ、そうなんですか?」と驚く。
有吉はかつて組んでいたお笑いコンビ・猿岩石として出演した『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で過酷な旅に耐え人気を博したが、番組への出演にはこのような“経験”が活きたとを語った。
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(文/Sirabee 編集部・びやじま)




