松井珠理奈、小学生時代の寂しさや悲しさが「バネに」 武井壮の境遇に共感「泣きました」
松井珠理奈が、小学生時代の苦労を明かした武井壮の経験に共感。自らの過去について振り返っている。
■武井が自らの体験を回顧
武井は15日、自身の公式Xで「小学生の頃、親がいなくなって一番大変だったのは、毎日洗濯や掃除をすることより、その日のご飯をどうするか考えることだった。最初はなんかスーパーとかで色々買い物しようとか考えたけど、途中から面倒になって『そぼろご飯』だけでいいや、となった。1キロとかの挽肉だけ買って、醤油とみりんと砂糖で味付けして全部そぼろにしとく、それを毎日少しずつ温めて食べていた。色んなご飯を諦めた瞬間だった」などと振り返る。
現在でも、そぼろを好きで作ることや、当時食べていた弁当の唐揚げなども未だに好きなことに触れ、「葛飾区に行くとそんなことばかり思い出す。戻りたくないけど、自分を自分で育てた忘れられない時間だ。全国の片親や親と暮らせない子供が諦めず、道を外れず生きてほしいなと思う。がんばれよ」と呼びかけた。
■寂しさや悲しさが「バネになる」
松井は「昨日読んで泣きました」と、武井の投稿を引用し「じつは、幸せそうな家族見るといつも胸がキュッとなっていました」と切り出す。
松井は当時11歳でSKE48のオーディションに合格したが、「小学生の頃、お母さんが一人でお仕事大変だから私も働いて少しでも助けられたらと思ったんです。あの頃、普通にパパとママと暮らしていたら私はこの世界に入っていなかったかもしれません」と明かす。
続けて、「寂しさや悲しさ、悔しさは、バネになる。今こうして活動ができて、自分も幸せだしなにより応援してくれるみんなの元気の源になれて本当に嬉しい!!」とつづった。
■「生きていることが幸せ」
さらに「最後に幸せだな。よかったな。と思えればそれでいい。日常の小さなことでも幸せに感じられる人になることが大切だなと最近気がつきました。ご飯が食べれて、温かいお風呂に入れて、お布団で眠れて、こうして今を生きていることが幸せです」と述べる。
「私も何度倒れても、心折れても立ち上がって元気に活動してみんなに勇気を届けられたらいいな。そしていつか、楽しい家庭を築きたいとこの歳になるとよく思います。ファンクラブの名前も『JURINA Family』にしたのは、じつはこういう理由もあるんだよね」と結んでいる。
■「泣ける」の声も
自身の経験を明かした松井に、ファンからは「珠理奈ちゃんが常に周りの人や今いる場所に感謝できる姿勢は素晴らしいと思うよ」「小さな背中で、たくさんのプレッシャーだけじゃなく、計り知れない思いを背負っていたんだね」「めちゃくちゃ泣ける…お母様には感謝だね」「日常を幸せと思えるっていいですね」といった声が寄せられている。