混迷するマイナカード、「グランドデザイン」描けない役人に最大の責任がある
【舛添要一『国際政治の表と裏』】各地でトラブルが報告され不信感高まるマイナンバーカード。役人の発想力のなさが、その背景に見え隠れする。
マイナンバーに関して、トラブルが相次いでいる。たとえば、他人の公金受け取り口座にひもつけされているケースであるが、家族名義での登録は約13万件に上る。そして、マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」に別人の情報がひもつけされるミスが7,313件も発生している。さらには、別人のマイナンバーに年金情報を誤登録したケースもある。
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■相次ぐトラブル…なぜ?
なぜ、こんな馬鹿なことが生じているのか。
健康保険組合などは、マイナンバーが未提出の被保険者については住民基本台帳からマイナンバーを確認することがあるが、その際に、同姓同名や生年月日が同じ別人のマイナンバーを誤って入力して、保険証とひもつけてしまったという。
さらに、マイナカードを使って住民票などを受けとるサービスでも、東京都足立区、神奈川県横浜市、川崎市などで、誤交付が14件も出ている。
■拙速の誹りを免れない
このような状況で、国民にマイナンバーを信用せよと言っても無理である。しかし、保険証廃止を含むマイナンバー法などの関連改正法は6月2日にすでに成立している。岸田文雄首相は、国会で、来年秋には現行の健康保険証を廃止する方針を堅持すると明言した。
私は、すでにマイナカードを健康保険証としても登録したが、近くのクリニックに行くときには、従来の健康保険証を使うことのほうが多い。医療機関の窓口の人も、使い勝手が悪いとして敬遠しているし、医師が発行した処方箋を持って薬局に行くと、マイナカード用の機器がカバーで覆われている。「誰も使わないから」というのである。
新たな行政サービスを導入するときには、国民の利便性が増すことが不可欠である。ところが、今回のマイナンバーは、そうなっていない。国民の疾病に関するデータを蓄積して、今後の医療に役立てるなどと効用を説かれても、そんなことのために大きな犠牲を払わされてはたまらない。
かつては、住民票や印鑑証明の書類が必要なときには、各自治体が発行する既存のカードで、暗証番号を入力するのみで迅速に入手できた。これが廃止され、マイナカードに一本化されたが、手続きが煩雑になった。手数料も安くなったわけではない。
■ポイントという「餌」で釣る姑息な手法
マイナンバーが長期的には国民全体の利益になり、利便性も増すというのなら、そのことを国民にきちんと説明して、義務化すべきである。しかし、その手法はとらず、普及が遅れていることに焦ったのか、撒き餌で促進する手法をとったのである。以前この連載で、韓国訪問の感想を述べ、日本がデジタル化でいかに遅れているか警告を発したが、この世界から取り残されている惨状をポイント付与という誘い水で解消しようとしたのである。
政府は、2021年度補正予算で1兆8,134億円を計上している。2兆円もの巨額の予算を使い、ポイントの付与などの特典を与えることでマイナカードの普及を図ってきたが、実は期待する効果は上がらなかったのである。そこで、保険証との一本化という義務化、強制による政策に転換したのである。
今年の6月4日時点で、マイナカード申請数は9,700万件超と、人口の77.1%にまで達している。しかし、政府の手法は国民を愚民視したものであり、成熟した民主主義とは言いがたい。
しかも、政府内から、谷公一国家公安委員長はマイナカードと一体化して運転免許証を廃止することは、検討していないと述べている。
■グランドデザインを描けない日本人の欠陥
マイナンバーカードで全ての用事が済むようにするためには、カードを構想する段階から、グランドデザインが必要である。たとえば、納税データとの連結などがそうである。しかし、このようなデザイン設計を最も苦手とするのが役人である。官庁の縦割り、縄張り根性も邪魔になる。最初から民間の優秀な専門家に任せていれば、こうはならなかったであろう。
私は、若い頃、フランスに留学したが、このヨーロッパの先進国にはグランドデザインの伝統がある。たとえば、パリは75という数字で統一する。郵便番号も自動車のナンバーもそうである。だから、75という数字のナンバーをつけた車を見れば、どこを走っていようと、パリの車だとわかる。
日本で郵便番号は、それ以外の用途には使われていない。勿体ない話である。最初から大きな家を建設するのではなく、後で継ぎ足していく手法が日本人の特色である。発想が貧しい。
関東大震災後の帝都東京の復興計画を立案した後藤新平には、グランドデザインがあった。将来を見据えて、車道を片側数車線もあるような広いものにする発想である。現在の昭和通りがその例である。後藤は、パリを今のような素晴らしい大都市にする都市計画を実行したオスマン男爵の真似をしたのである。
デジタル化を進めねばならない今の日本に必要なのは、オスマンや後藤新平のような人材である。健康保険証を廃止し、マイナカードに一本化する方針を唐突に打ち出した河野太郎デジタル担当相は、グランドデザインを描いた先人の知恵から学ぶべきである。
■執筆者プロフィール
Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「マイナンバーカード」をテーマにお届けしました。
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(文/舛添要一)