松村邦洋、『電波少年』時代の過酷なロケを回想 「毎週護送車が…」

松村邦洋が『進め!電波少年』出演時代の過酷なロケについて思い出を語った。

■高田は「アウトレイジみたいだった」

当時の状況について「毎週ビバリーが終わると来るのよ。拉致軍団が来るのよ、バンに乗せられて、こいつ。アウトレイジみたいだったもんな」と振り返る高田。

すると松村も「毎週護送車が…。そうですね。だいたいハロー千葉(12時50分くらいのコーナー)になると、ディレクターが『おい服を着替えとけ、松村を連れ去るからよ』って」「ADが5、6人くらい、パスもないのにニッポン放送に上がってきて、そのままね」と話した。


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■「要人にはみんな会っている」

高田は「エンディングが近いと、『先生すいませんね、松村をすいません』って。『来週の金曜日には返しますから』って。それで拉致されていくんだもんな」と語る。

すると松村も「ダミーのスケジュールが書かれてましたけどね。アッコ(松本明子)さんもね、洞窟に入ったりしましたから、なかなかやりませんよ」と話す。

そして『電波少年』でボリス・エリツィン元ロシア大統領やジミー・カーター元アメリカ大統領と面会したエピソードを語り、「要人は会いましたよ」と胸を張っていた。

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(文/Sirabee 編集部・佐藤 俊治

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