ぽち袋の「ぽち」は遊郭の言葉だった? チコちゃんがその由来に迫る
『チコちゃんに叱られる』お年玉を包むポチ袋の由来は? 実は江日本にもチップ文化があった。
7日に放送された『チコちゃんに叱られる!!』(NHK)で扱われたテーマのひとつ、「ぽち袋の『ぽち』って何?」に注目が集まっている。
■遊郭でよくつかわれていた言葉
お年玉を渡すときにお金を包むぽち袋。普段は使うことのない言葉に疑問を持ったことのある人もいるのではないだろうか。チコちゃんはテーマについて「これっぽっちの『ぽち』」と回答。
江戸時代、ぽちという言葉は、「チップ」という意味で遊郭などを中心に使われていた。1756年に遊郭の主人によって書かれた本には「ぽちはずめば」という表現が書かれている。これを現代語訳すると「チップをはずめば」という意味だという。
花街では、定められた金額だけを額面通り支払うのは失礼・野暮だとする考えがあり、金額を直接口にするとイヤらしいということで、「ぽち」という隠語を使って表現した。
■明治時代には庶民にも浸透
遊郭で遊ぶ人々は裕福な人も多く、「これっぽっち」といってもかなりの金額であった。それをこれっぽっちと渡すことに美学を感じていたかもしれない。
見栄を張る文化から「ぽち」という言葉が広まっていったと考えられており、それが庶民にも広がることで、日常生活のちょっとしたお礼にも「ぽち」という言葉が使われるように変化した。
明治時代に入り、海外のチップ文化が入ってくると飲食店でのチップや祝儀、心付けに対して、「ぽち」と表現することが一般的になり、それを入れる袋なので、「ぽち袋」となった。
■昭和30年頃からお年玉を包むように
昭和30年頃になるとお年玉を入れる袋を特に「ぽち袋」と呼ぶように変化。この頃はちょうどお金によるお年玉が広がった時期と一致している。
それまでは、お米で浸かったお餅のお年玉を家長から御歳魂(おとしだま)としていただくのがお正月の習わしだったが、時代とともに伝統的な価値基準がお米からお金に変化。
当時は高度経済成長期で農家の数も減り始めていたことからお年玉が現金になり、ぽち袋が全国的に広まったという。
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(文/Sirabee 編集部・Aomi)