丸山ゴンザレスがジャーナリストを名乗るまで 「暗黒時代を救った出会い」とは
『クレイジージャーニー』で注目の危険地帯ジャーナリスト、丸山ゴンザレス氏による渾身のコラム。
2017/10/17 11:30
アクセスいただきありがとうございます。丸山ゴンザレスといいまして、危険地帯と呼ばれる場所を取材するジャーナリストを生業としています。
本連載は「ジャーナリストを名乗るまで――初級危険地帯取材入門講座」ということで、決して王道のジャーナリストとはいえないような私が、これまでに辿ってきた紆余曲折と、そこで学んだことを僭越ながら皆さんにお伝えしてみたいと思っています。
また、「クレイジージャーニー」というテレビ番組をご覧になって私のことをご存じかもしれませんが、私があの番組に出るに至るまでにいったいどんなことをしていたのか。
その部分は他であまり語ることがないので、出演前後の秘話もからめて講座を始めていきたいと思います。
■考古学者を目指した学生時代
今でこそジャーナリストを名乗っている私だが、もともとは大学、大学院と考古学を専攻する学者志望の人間だった。それも、わりと真面目に頑張っていたほうだと思う。
当時私が研究していたのは「横穴墓築造時における空間体積からみた労働力の復元と比較」と、なにやら仰々しいのだが、ざっくりと言ってしまえば造るのが大変な墓に葬られた人ほど偉いってことなのだ。
ここでは深く解説する必要もないかと思うので詳細は割愛するが、考古学を専攻したことについては今のジャーナリストな自分に繋がっているところもあるので、もう少し解説を続けたい。
■フィールドワークと研究の生活
考古学は遺跡を発掘することから始まる。私もご多聞に漏れず、学生時代は祭祀遺跡や縄文時代や古代の住居跡、貝塚などなどを発掘していた。
それから室内で整理作業もこなす。研究室で、発掘された遺物や測量してきた図面などをもとにして報告書を作成する。それらの資料をもとにして論文を書くのだ。
フィールドワークと研究の両方が必要で、どちらも落とすことはできないから、学内には日焼けして泥だらけの作業着の人間がウロウロしている奇妙な研究室ができあがる。
普通以上にゴツい人も多かったように思う。 考古学者になることは子供の頃からの夢だったので、本当は辞めたくはなかったのだが、いろいろあって研究の道をドロップアウトすることから私のジャーナリストとしてのキャリアが始まることになった。
より正確に言うならば、スタート地点へと動き始めたという感じで、まだ先のことなんてなにひとつわからない状態。手探りもできていなかった。決して順当ではなかったと思う。