【川奈まり子の実話系怪談コラム】母校の怪談【第九夜】

第九夜用

「大学にまつわる怖い話」というオカルト系のまとめサイトで、私の母校、女子美の怪談話を見つけた。

「友達がJ子美短大いってて寮に入ってたんだけど、妙に暗い感じの建物で、ほんとよく電気製品が壊れる。ラジオ聞いててヘンな音混ざるとかもう当たり前」


「ある日友達呼んで自室でお茶しながらカセットテープかけてたらいきなり凄い音がしてテープが溶けてた」


「寮から見える校舎の屋上で学生運動がらみの焼身自殺があってどうこうっていう話も聞いたけど、スレ見たら都市伝説ぽい」


――都市伝説だなんてとんでもない!

焼身自殺があったのは、私が女子美附属高校に在学中のことだ。

学生運動がらみではなく、卒業制作に行き詰って精神状態が悪くなった学部の4年生が、時計塔と呼ばれる校舎の屋上に昇り、そこで自ら体に火を放ったのだ。

杉並区の住宅街の狭い道を通って14台も消防車が駆けつける大騒ぎになり、当時は週刊誌でも報じられた。

部活の先輩や同級生の中には、そのときたまたまキャンパスに居合わせて、人が燃える炎と煙や、その後の消火騒ぎなどを目撃しまった者もあったし、また、屋上のコンクリートの床にはいつまでも焼け焦げた黒い跡が残り、それは私も見た。

――恋をしたり着飾ったりして青春を謳歌すべき若い女性の肉体が火に焼かれ、水泡が出来て弾け、皮膚が剥がれ落ち、赤い血肉が泡立って溶け、やがて真っ黒に炭化した、その痕跡がこの人影のような黒ずんだ染みなのだ――。

そう思うと、今にも我とわが身を焼かれるようで、とてもではないが平然と眺めていられず、すぐに目をそむけてしまったものだ。同級生には心霊写真を撮りに行った猛者もいたが、私にはそんな勇気はなかったのである。


そう、屋上にも幽霊が出るという噂は、事件直後からあった。

自分と同じ若い女の生身の体が焼けていくことを想像すれば、私だけじゃなく誰であろうとゾッとしないわけにはいかなかったのだ。

とてもおぞましく、怖いから、枯れ尾花的に幽霊を見る者が続出する。

それにまた、焼身自殺した生徒が屋上に残した絵の――タイトルなのだろうか?――裏だか隅だかに書かれていたという言葉が、また恐ろしかった。

「そして扉は開かれた」

まるで、死の国への扉が開かれてしまったようではないか。

もちろん「スランプから脱け出したい一心の祈りの言葉である」と解釈した方が、故人に敬意を払うという意味で礼儀にかない、理屈も合っているのだけれど。

――吹きさらしの屋上で、灰色のコンクリートに残る人の焼けた跡を見たときには、全身が焼かれる苦痛に満ちた幻を体感すると同時に、目には見えない通路がそこに穿たれているような、そして女生徒の肉体を贄にして召喚された何かが迫ってくるような恐怖を感じたものである。


しかし、その少し後、さらに怖い事件が、今度は寮で起きてしまった。

これが冒頭に書き写した、まとめサイトにあった怪談の元である。

こちらの出来事は、事件性は無いとされ、不幸な事故として内々で処理されたらしいが、話を聞いて想起されるビジョンの気持ち悪さは、焼身自殺の上をいく。

――夏休み、寮生の一人が自室内の金属製ロッカーに閉じこもり、そのまま亡くなってしまったという。夏休み明け直前に、寮の管理人が腐臭に気づいて発見されたが、そのときにはすっかり腐乱しており、誰であるかもわからないほどに顔も崩れてしまっていた――。


夏休みで皆が帰省する中、1人残って、なぜロッカーに入ったのか。壮絶な心理状態だったには違いない。

餓死したのか脱水症状が亢進したのか、彼女は間もなく亡くなり、そして亡骸は静かにじわじわと腐っていったのだ。

人気の無い寮の建物に充満してゆく腐敗臭。ロッカーの戸は閉められていたというから、戸の隙間からは、強烈な臭気を放つ体液が滲みだし、ポタリポタリと床に滴り落ちていたかもしれない。

棺と化したロッカーを開けたときの管理人の驚愕と恐怖はいかばかりか。

……と、このようにリアルに想像すればするほど、グロテスクで怖いのである。


女子美短大にあがると、件の寮に住む友人ができた。彼女から聞いた怪談は、こんなふうだった。

「死体があったロッカーを捨てたのに、翌日には戻ってきちゃったんだって」
「学校側は、ロッカーを処分して、部屋をまた利用しようとしたんだけど、色々おかしなことが起こるから諦めて、その部屋は使用禁止に……」
「トイレや廊下で死んだ子の幽霊を見た寮生が大勢いる」
「ときどき、フッと、とてもイヤな臭いが、どこからともなく漂ってくる」

そうした話のすべてが本当だったとは思えないけれど、実際、遊びに行ったときには、問題の部屋はリフォームが済んでいるにもかかわらず空室になっていた。他の部屋は全て埋まっているのに、だ。

がらんとした無人の部屋には冷気が満ちており、好奇心から覗いてみたことをたちまち後悔しながら私はドアを閉めたのだった。


女子美には、他にもいくつか怪談があった。

「屋上から飛び降り自殺した生徒が、ときどき死の瞬間を再現する。校舎脇の桜の樹の梢が風もないのに揺れるのはそのため」

とか、

「蓼科の寮には、手首を切って死んだ子が今でも彷徨っている」

とか。

言うまでもなく、それらのほとんどが、根も葉もない面白半分の噂に過ぎない。

怪談の生まれやすい環境だったのだ――歴史のある古い学校で、美術を志す女性にはエキセントリックな者も少なくなく、創作に悩んだあげくの自殺者が昔からときたま現れたから。

また、私が在校した当時は杉並校舎はしかなく、建物の老朽化が問題視されていて、開かずの間もいくつかあった。保安上、使用禁止にしただけだろうが、使用されなくなって久しい部屋は不気味で、幽霊目撃談の温床になった。


しかし、見るからに古くて陰鬱な旧校舎ならともかく、新設されたまっさらなキャンパスにまでオバケ話がつきまとっているのは、どうしたわけか。

在るのだ。私の卒業後にオープンした相模大野の新キャンパスにも、怪談が。

こっちのソースは某SNSのコミュニティ。

「相模原校舎建設工事に関係した人によると、もともと、あそこは森林地帯」


「森を切り開く時、白骨体がよく出て、しばしば工事中断したとのこと」


「工事終盤の深夜、現場内で数多くの怪奇現象」


「大学の南にある給水塔の下では、排ガス自殺をしたホトケ様にも遭遇」

相模原校舎のある場所は元々、富士の樹海のような場所だったため、地元では昔から怪奇スポットとして知られていたという。

たまたまそんな土地を選んでしまうとは、因果なことだ。とっても良い学校なんだけどなぁ。

ま、まずオバケの類はふつうは見えないから、何にも問題ないと思うけどね。何事もなく(?)卒業した私が言うんだから間違いない。

(文/川奈まり子

・合わせて読みたい→【川奈まり子の実話系怪談コラム】開かずの邸【第六夜】

Sirabee編集部

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